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高松地方裁判所観音寺支部 昭和37年(ワ)52号 判決 1964年5月25日

原告 観音寺市

被告 金豊製紙株式会社

主文

被告は原告に対し金六万千二百六十九円を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

本判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

当事者の申立

原告は、「被告は原告に対し金七万二千百九円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

当事者の主張

原告の主張

一、原告は昭和十三年八月以来、上水道事業を経営しているが、昭和三十三年六月頃から、その上水道水の原水を採取するため、自己所有の観音寺市本大町字江東道東七七九番地の一八、二畝二五歩、同字七八二番地の五、一六歩、同字七七九番地の二、三畝一五歩、同字七八二番の六、二畝二八歩の土地を(別紙図面の江藤水源地と表示の場所)水道用地とし、附近の利害関係ある水利権者と協定を結び、認可を受けて、その土地の地下を流れる地下水(別紙図面財田川の伏流水)を汲み揚げ、これを以て水道利用者に水道水を供給して来た。この地下水は水源地開設以来本件事故発生までは、水道法が要求する「外観において、ほとんど無色透明であること、フエノール含有量〇、〇〇五PPM を超えないこと、異常な臭味のないこと」の水質基準に適合するものであつた。

二、被告は昭和二十四年以来三豊郡山本町大字財田西二三〇番地(別紙図面の金豊製紙工場と表示する場所)に工場を持ち、昭和二十九年頃からは、チリ紙を製造しているが、その工程は、一日に三回、チツプ材、藁(古俵、古繩)パルプを原料として、これに苛性ソーダ、硫化ソーダ、亜硫酸ソーダを加えて高圧釜で高熱蒸化して原料のリグニンを溶解しセルローズを採り、この工程で生ずる釜内の黒液を抽出した上でセルローズを取り出し、これを財田川から取つた工場用水で数回水洗脱色しながら、叩解、漂白を重ねた上で抄紙機にかける過程をとるので、多量の廃液が排出される。被告はこれを放流するための特設専用排水路を持たないで、工場内の廃液沈澱槽を通過させた上で別紙図面(イ)表示の農業灌漑用水路に日夜を通じて放流している。この廃液は右工程の順序に従つて黒褐色、茶褐色、乳白色の色を呈し、工程の初めほど強い製紙工場特有の異臭を伴い、且飲用上有害なフエノールを含有する(昭和三十五年五月二十五日の被告の調査によると、フエノール含有量はチツプ材を原料とするときの廃液において、被告工場前の(イ)水路で一三、八〇PPM であり原告水源地附近の財田川流水中において〇、五六PPM )

三、右廃液はその性質上人に嫌悪の念を生ぜしめるので別紙図面(イ)用水路に放流されると、それから以後は、廃液の流下を嫌う者の意向、作為、農業灌漑の状況など第三者の情勢次第で(イ)用水路に連なるいづれかの農業灌漑用水路或は財田川の本流に流下されることになり、この廃液の流れるところはすべて汚染され、農地でさえ、表面が廃液の沈澱物で黒変するに至り、フエノールを含む飲用上有害な微物は年々被告工場下流一帯の地盤に浸透沈着し、渇水期に廃液が財田川本流に流下されるときには原告水源地附近の流水部分は茶褐色を呈して生物は生存できない状態である。

四、被告のこのような廃液の放流に関して過去において次のような被害紛争があつた。即ち、

(1)  昭和三二年財田川下流の淡水業及び海岸地帯における海苔養殖業は被告工場の廃液により被害を蒙り、この補償が問題とされた。

(2)  昭和三三年初頃から被告工場の廃液の混る水の灌漑される田の土壤に変質が発見され、地下水に廃液が浸透して一の谷江藤部落の井戸水が汚染され農家の井戸は殆んど廃井戸となつた。

(3)  原告は昭和三三年六月に右江藤水源地開設以来被告に廃液の放流につき善処方の交渉を続け、被告はこれに対し小規模の濾過設備をしたのみで依然廃液の放流を続け被告工場の下流域一帯の地盤に廃液が浸透しつゝあること前述のとおりで原告は、昭和三五年一二月二日香川県知事宛に被告に対し有害な廃液の放流を停止させるよう勧告を願い、直接被告に対してもその旨を申し出た。

(4)  昭和三七年三月初頃被告工場の下流にある訴外山本町簡易水道の西光寺水源地(別紙図面、西光寺水源地と表示するもの)の地下水に、被告工場の廃液が浸透してこれを汚染し、その水源地からの水は飲用不適格となり、同町はその水源地よりの送水を停止すると共に被告に対し廃液放流について善処を申入れたが未解決のまゝ遂にその水源地は運転不能となつた。

(5)  原告は右山本町の水源地汚染の事実を聞き、同月十日原告水源地の地下水の水質検査をしたがこの時は飲用適格であつたものの、汚染の危険を感じ、三月二六日被告に廃液の放流につき抗議をした。その頃被告の廃液は、別紙図面(ロ)表示の地点から(ハ)表示の地点に出て、財田川本流水中に放流されていたものが、右(ロ)点より別紙図面表示の(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ワ)を結ぶ線にある農業灌漑用水路に放流されるに至り、原告は同年四月三日その放流水路の変更について被告に抗議したところ、被告はこの変更は訴外山本町が為したもので、被告に責任はない旨反論したので翌四日、原告は山本町に対し放流経路の変更につき抗議し、そのうち、四月九日原告管内の右原告の水源地より送水を受けている一の谷方面の上水道利用者から原告に対し、水道水に悪臭があるとの通知があつたので直ちに、水質検査をしたところ、この時も飲料適格であつたが、廃液は依然右(ロ)乃至(ワ)の用水路に流下されていたので同月一一日山本町に対し再抗議し、同月一三日には被告に対し原告の水源が汚染される危険があるとして廃液放流停止を申入れ翌一四日には香川県知事に廃液問題につき要望書を提出した。

以上のような経過に照らして被告は工場廃液に相当な浄化設備をするのでなければ下流における水道事業者たる原告に対し、不測の損害を与えるに至ることを充分予見したにかかわらず、被告は、浄化設備もなさずに有害な廃液を日夜前記のような用水路を通じて工場外に放流し続けて来た。

五、その結果、被告の廃液は原告水源地の地下水に浸透して次のように汚染するに至つた。即ち、昭和三七年五月七日、原告水源地より送水を受けている一の谷常磐地区の上水道利用者より水道水に悪臭が強く煮沸しても飲めないとの連絡を受け、水源地下水を調べたところ、水源地井戸水面は一面に泡立ち、茶褐色を呈していたので、同日午後七時からこの水源地よりの給水を停止し、翌八日香川県衛生研究所で水質検査をした結果、色度は上澄水三十度、深部水二度、フエノール含有量上澄水約〇、〇〇三PPM 、深部水〇、〇〇六PPM で飲用不適格と判定された。そのため原告は右水源地地下水の汚染排除の清掃につとめ同月一八日水質検査をしたが、尚、フエノール含有量〇、〇〇五PPM 以上で飲用不適格で、尚清掃の末同月二八日の検査においてようやく飲用適格となり翌月一日から運転送水を再開できることとなつたが、この間原告は水源地地下水の利用並びにそれによる上水道事業の正常な運営を阻害された。

六、この事故で原告は次のとおり損害を蒙つた。

(1)  汚染後、汚濁地下水の排除に要した電気動力代、金三万七千百八十九円。

(2)  汚染排除のため特別に人夫を雇つて、水源地井戸、原水タンク、送水管等の設備の清掃をした費用、金二万円。

(3)  水質検査のため観音寺市より高松市内、香川県衛生研究所に職員を出張させた費用、金二千二百円。

(4)  右清掃は廃液流入を阻止しながら行つたが、そのために土俵堰を構築した費用、金千八百八十円。

(5)  上水道給水停止に伴い、契約どおり給水が出来なかつた地区の水道利用者に対し料金減額をした金額、金一万八百四十円。

以上合計金七万二千百九円。

よつて右損害につき、被告にその賠償を求める。

尚、被告主張のうち、被告に責任なしとの主張及び過失相殺の事実は否認する。

被告の答弁及び主張

一、原告主張の事実中、一項、二項の事実、四項中(1) の事実、同項(3) のうち被告が濾過設備をしたこと、(4) のうち、山本町西光寺水源地に関する事実、(5) のうち、原告から廃液放流停止の申入れを受けたこと、廃液放流の水路を訴外山本町が変更したこと、はいづれも認めるが三項の事実、四項中右以外の事実、五項、六項の各事実はいづれも争う。

二、被告は、工場廃液を、原則として、毎年一〇月末日から翌年五月中旬頃迄は別紙図面(イ)(ロ)(ハ)を結ぶ用水路より財田川に流し、五月中旬頃より一〇月末日迄は、水利権を有する西光寺水利組合との契約により、別紙図面(ロ)(ニ)の用水路以下の農業灌漑用水路を通じて下流に放流しているが、その間と雖も、農業用水が必要でないときは、別図(ハ)点(ワ)点から財田川に放流していた。この廃液の流下の経路の変更は右組合の権限に委ねられているものであつて、こうした廃液放流の状況は、被告工場の前所有者市川製紙株式会社時代の昭和一八年頃から継続していたものである。しかるところ昭和三七年四月初、この時期は本来、被告の廃液は右述の如く(イ)(ロ)(ハ)を経て財田川本流流水中に放流されるべきものであるのに、訴外山本町において右(ロ)地点で(ハ)の方向への流下を堰止め、廃液流下の方向を(ロ)(ニ)(ホ)以下の農業灌漑用水路に変更し、その結果廃液は別紙図面(ワ)点から財田川に放流され、且、この(ワ)の地点の財田川河原は、砂利採集のために、河床が低下し、ここに流下した廃液が地下に浸透し易くなつていたこと、並びに同年四、五月頃は異常に渇水していたことなど被告の行為以外の事情により本件事故となり、更に被告は訴外山本町に対し廃液流下の方向をもとに復するよう要請したが同町はこれを拒否したものであるから被告には事故の責任はない。

三、更に、被告の廃液は既に昭和一八年頃から前述のような状況の下に流下されていたもので、原告がその水源地を開設した昭和三三年頃には、既に既得権視され原告としては廃液の流下する地点に近い場所に水源地を設置するについては、既に存在する被告の廃液の流下する用水路よりの影響を避ける処置をなすべきであるのに不用意にこれを怠つた結果本件の被害を蒙つたというべきであるからその損害については、これを忍受しなければならない。

以上のとおりであるから損害の賠償を被告に求める原告の本訴請求は失当である。

証拠<省略>

理由

一、原告が上水道事業を営み、昭和三十三年六月頃より、所管庁の認可を得て自己所有地の観音寺市本大町字江東道東七七九番地の一八、他三筆合計九畝二四歩の土地(別図江藤水源地と表示の場所)を水源地として、その土地の地下に流れる地下水(財田川の伏流水)を汲み揚げこれを以て、上水道水の供水をして来たこと、並びに、この地下水は、水道法が要求する水質基準、「外観はほとんど無色透明であること、フエノール含有量〇、〇〇五PPM を超えないこと、異常な臭味のないこと」に適合し、右水源地開設以来事故なく、上水道事業の運営をして来たことは、当事者間に争がない。

二、しかるところ、証人秋山一正、同三好勝美、同高嶋福一の各証言、並びに成立に争のない甲三号証の1、2、3、4甲六号証の1、2、の記載を綜合すると、

昭和三十七年四月六日頃、右原告水源地の地下水に異臭のあることが感ぜられ、その后同年五月六日右水源地の地下水を以て上水道水の供給を受けている者から、原告に対し、上水道水に、着色と悪臭がある旨の訴があり、更に翌七日には数回にわたつて、同様の訴とその原因の問合せがあつたので、地下水の汲揚井戸を検査したところ、井戸水面が泡立ち、茶褐色を呈し、四月六日のときと同様の異臭が認められた。そこで、直ちに地下水の汲み揚げを停止し、上水道水の送水を中止し、翌八日香川県衛生研究所で地下水の検査をしたところ、色度は上澄水三〇度、深部水二度、濁度は、上澄水一二度、深部水四度、フエノール類含有量は上澄水約〇、〇〇三PPM 、深部水約〇、〇〇六PPM で飲用不適格と判定されたこと、原告は止むなくこの汚染を排除するため、水源地井戸にある地下水は全部汲み揚げた上で放棄し、井戸壁、原水タンク、上水道水の送水管内を洗滌するなど諸設備の清掃をして、同月十八日再び右研究所で地下水の検査をしたが尚、フエノール含有度〇、〇〇五PPM 以上で飲用不適格と判定され、更に清掃に努め、同月二十八日に至つて、ようやく地下水は飲用適格となつたので翌月一日から、右水源地の運転を再開するに至つた。かくて、この間原告は、右水源地における地下水の利用並びにその地下水を以てする上水道事業の正常な運営を阻害されたこと、

が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三、この地下水汚染事故の原因について案ずるに、

(イ)  先づ、被告が、香川県三豊郡山本町大字財田西二三〇番地(別図金豊製紙工場と表示の場所)に、製紙工場を持ち、原告主張第二項掲記のような状況のもとに、同項掲記のような製造工程をとつて、チリ紙製造を行い同項掲記のような、黒褐色乃至乳白色で、悪臭を伴い、フエノールを含有する多量の工場廃液を、日夜を通じ、別図表示(イ)の場所から、工場の外に放流していることは当事者間に争がなく、

検証の結果並びに証人高嶋福一、同片山高昭、同秋山一正、同三好勝美、の各証言を綜合すると、

(ロ)  別図表示の(イ)点に放流された被告工場の右廃液は、昭和三十七年四月初頃から前記原告水源地地下水汚染の事故当時にかけては、別図(イ)(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ワ)の各点を順次結ぶ線を以て表示される農業潅漑用水路を流下して別図(ワ)地点において財田川の河原に流れ込んでいたこと、

(ハ)  この(ワ)地点は、原告水源地より百米乃至百五十米位の距離に在り、被告工場の廃液の流れる経路中最も近接の地点である上、同地点の財田川の河原は砂礫が露出し附近(別図(カ)と表示する場所)は土木建設用の砂利採集の跡がかなりの大きさの凹地となつて点在し、その凹地には、地下水が湧出して水溜りとなつて露見されるものもあり、流水が(ワ)地点に流下するときはこの凹地に流入して停滞を生じ、露呈する地下水に混つて地下に浸透し易い状況にあり、現にこれら凹地に被告廃液が流入した痕跡が認められること、

(ニ)  前段判示の原告水源地井戸水に認められた着色、臭気、水面の泡立ちは、いづれも、被告工場の廃液のそれと同じものであつたこと、

(ホ)  フエノールは木材等を高熱蒸化して分解するときに生成されるもので被告廃液に多量に含有されるものであるが、原告水源地附近においては、この廃液以外には、これが生成される原因となるべきものが存在しないこと、が認められ、これらの各事実から推して、原告水源地地下水汚染の事故は、被告工場から放流された前述のような廃液が、別図(イ)(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ワ)の各点を結ぶ線で表示される農業潅漑用水路を流下して(ワ)地点で財田川河原に流入し、その河原に点在する砂利採集跡の凹地に流れ込み、そこに停滞し、凹地の底に露呈し、或は、直下に在る地下水に混入して、漸次地下に浸透して原告水源地地下水にまで到達したものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

四、ところで、被告は、工場の廃液を別図(イ)点から、これに連なる農業用潅漑用水路に放流しているのは、その用水路の管理権者との契約によるものであり、放流の経路は、毎年十月から翌年五月中旬までは、別図(イ)(ロ)(ハ)を結ぶ線で表示される水路を通じて(ハ)地点から、財田川の本流水の中に放流しており、原告の水源地地下水汚染の時期はこの期間に該当するので、別図(イ)(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ワ)の用水路に流れることはなく、たまたま、当時訴外山本町が別図(ロ)地点において廃液流下の方向を、(ニ)以下の用水路の方向に変更したため、廃液が(ワ)地点に流下すると共に、更に(ワ)地点の状況が、前段認定のように荒らされていたこと並びに、当時が例年になく異常に渇水の状態であつたために原告水源地地下水へ被告廃液が浸透する結果となつたものであるからこの事故を、被告が生ぜしめたものとなし得ない旨主張する。

成程証人片山高昭、同中野七郎の各証言、成立に争のない乙六号、乙八号の各記載によると、被告工場から出た廃液は、原則として、毎年十月から翌年五月十五日までは、別図(イ)(ロ)(ハ)を結ぶ線で表示する用水路に流下され、(ロ)点から(ニ)点以下の用水路に流下されるのは、農業用水を必要とする時期の五月中旬頃から九月末日の間であつて、この時は廃液は他の用水と共に併せて農地に潅漑されることが認められる、と共に、昭和三十七年四月から本件事故当時にかけて、廃液流下の方向を(ロ)(ニ)以下の用水路に向うように変更したのは訴外山本町であることは争のない事実であるけれども、被告が廃液を放流する(イ)(ロ)(ハ)又、(ロ)(ニ)以下の用水路はいずれも、被告の専用、特設の排水路でなく、(この事実は争がない)成立に争のない乙八、乙六号証、証人宮武浅一、同宮武重太郎、同片山高昭の証言によると、その用水路の管理並びに一旦この用水路に流下された廃液の処置は、被告との契約により第三者たる西光寺水利組合の専権に委ねられ(ロ)点における水路変更も亦右水利組合に一任され、又訴外山本町も(ロ)点における用水路の管理権をもつており、従つて十月から五月中頃の時期に(イ)(ロ)(ハ)え廃液が流下されることも原則に止まり必ずしもそのとおりでなく管理権者で自由にしていたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

被告はこのような状況の下におかれている用水路にその廃液を放流したものである上、証人片山高昭、同秋山一正、同三好勝美、同安藤義彦、各証言並びに弁論の全趣旨から、被告は原告の水道関係職員の抗議により訴外山本町が、別図(ロ)表示の地点で、廃液の流下の方向を(ロ)(ニ)以下の水溝に向わせていること、そのため廃液が別図(ワ)表示の地点に放流されていること、その地点の状況が前三項(ハ)において認定したような状況にあること、並びに当時渇水していたことは充分承知しながらも、工場廃液の放流を継続していたことが認められるから原告水源地地下水の汚染事故は、訴外山本町の行為と競合したとは云え、尚、被告の行為によるものと断ずるを相当とする。

しからば、被告はその工場の廃液を前記農業潅漑用水路に放流した行為により、原告の右水源地の地下水を汚染せしめて、原告の右水源地における地下水利用の権利と、その地下水を利用しての上水道事業の正常な運営の権利を害したというべきである。

五、被告工場の廃液は、悪色、異臭を伴い、飲用上有害なフエノールを含有するものであることは、被告も夙に承知しながらこれを、前段認定のように専用、特設の排水路でなく、管理、流水の処理すべてが他人の権限に委ねられている農業用潅漑用水路の如きに放流している上、昭和三十二年頃には、財田川に流入した被告廃液により、同川の下流の淡水業海苔養殖業に被害を与えたことがあり、又証人片山高昭の証言によると、昭和三十三年頃には、別図(イ)(ロ)(ニ)以下の農業潅漑用水路に流下された廃液がその用水路の改修に際して、地下に浸透して原告水源地近傍江藤部落の数軒の農家の井戸水を汚染せしめ、被告においてその賠償としてそれら農家に新らしい井戸を作り与えたこと、更に、証人石川利夫の証言、並びにその証言により成立の真正なることを認め得る甲一一号証の記載、及び証人片山高昭の証言によると、昭和三十二年頃原告水源地附近の住民から、或は財田川右岸の豊中町から、被告に対し、被告の廃液が、その人達の利用する潅漑、飲用の水路に浸入し、或は廃液の悪臭のため、日常生活や健康に危険を及ぼしているから廃液の放流を停止されたい、或は、廃液の浄化につき徹底した設備を設けられたい旨の申入れがあつたこと、が認められるから、被告は、自己の放流する廃液が、下流の住民の日常生活特に飲用地下水に有害な影響を及ぼし、或は及ぼすおそれのあることは、充分に承知していたと認める他はない。

従つて、被告は当然廃液に有効適切な浄化の手段を講じて、放流する廃液が他人に危害を与えることのないように措置すべき(防止すべき)法律上の義務があるというべきである。

しかるに証人片山高昭、同中野七郎の証言並びに検証の結果によると、被告は、昭和三十二、三年頃、工場内に製造工程上最も色、臭、フエノール含有の強い廃液となる原料蒸化釜(地球釜)中の薬品黒液を、一時停留させて、徐々に放流するための「黒液溜槽」と、全工程から出る廃液の流下の勢を緩和させ、含有物を沈澱させ徐々に工場外に放流するための容量五十屯のコンクリート「沈澱槽」を設置し、その后には右黒液だけは釜から別途貯蔵タンクに排出させて放流しないようにしたこと(又沈澱槽の廃液に塩酸を加えて中和処理する手段を講じたがこの塩酸処理は経費が嵩ばむため、三、四ケ月間行つただけで以后は行つていない)が、認められるが、被告自身としても、これだけで廃液浄化が充分とは考えず更に適切な浄化措置の必要なことを感じながらも、それに要する費用の調達が困難であることを理由にして、右以上に有効適切な手段を講ずることなく廃液の放流を続けて来たことが認められるので、被告は右義務を尽さなかつたと云う他ないところ、このような状況において、昭和三十七年三月に訴外山本町水道水源地(別図山本町西光寺水源地と表示のもの)地下水が、被告の廃液の浸透により汚染されたので、同町は汚染を回避するため、当時、別図(イ)(ロ)(ハ)の線で表示される用水路を通じて、財田川に放流されていた廃液の流下の方向を、別図(ロ)地点において(ロ)(ニ)以下の水路の方に流下させる措置をとつた(この事実は争がない)ため、被告の廃液は前判示のように別図(ロ)(ニ)以下の用水路を経て(ワ)地点に放流されるに至つたが、前段判示のとおり被告もその事実の状況を充分承知していたのであるから、被告としては廃液流下の状況に照らして、廃液が原告の水源地地下水を汚染するに至るべきことは充分予見し得たところで、従つて、その汚染事故の発生を防止するため、有効適切な処置に出るべきであつたのに、この措置を取らず漫然として、浄化措置不充分の有害廃液を放流し続けたもので、被告はその過失の責任を免れ得ない。(証人片山高昭、同秋山一正、同安藤義彦の証言を綜合すると、被告は四月一〇日を最初として四月中二、三回山本町に対し右水路変更を旧状に覆するよう要求し或は(ロ)(ニ)以下に流下させる場合には別図(リ)点よりその附近の雑木林の中に新らしい水路を設けて、財田川本流に流下させるよう提案したが、結局において受け入れられなかつたこと、並びにその交渉の経過途中でも被告は廃液が(ロ)地点から(ハ)の方向に流れるよう措置したこともあつたが、これも山本町の水道関係者において(ロ)(ニ)以下の方向に変更されるに至つたことが認められ、被告はこの事実をもとに被告に責任なき旨を主張するが、もともと被告において、充分に有効適切な浄化措置を講じない有害廃液を放流して来た結果が山本町の判示のような所為を誘発したものであるのに、自己の義務違反に背を向けて単に、山本町が被告の右の要求、提案、乃至措置を受けなかつたから被告に責任がないとの主張は返り見て他を言うに似て採用の限りでない)

そうすると、被告は原告が蒙つた損害については賠償すべき義務があるというべきである。

六、そこで損害額について案ずるに、証人秋山一正、同三好勝美、同高嶋福一の各証言、並びに成立に争のない甲三号証の1、乃至4、甲四号証の1、乃至10、証人秋山一正の証言から成立の真正なることを認めうる甲九、甲一〇号証の記載によると、原告は、

(1)  汚染した地下水排除のため使用した動力費(電気代)金三万七千百八十九円、

(2)  水源井戸、原水タンク、送水管など設備の洗滌、清掃費金二万円、

(3)  汚染の危険が生じた四月九日から水源地再開までの間に五回特別に水質検査をする必要のため、高松市所在の衛生研究所へ職員を出張せしめた費用金二千二百円、

(4)  廃液が流入して来るのを防止するための土俵堰構築の費用金千八百八十円、

(5)  右水源地が運転停止中は、この水源地より給水が出来なかつたため、他の水源地より上水道利用者に給水したが、給水不充分のものが生じたため料金減額を余儀なくされ、それだけ、収益を失つた。その金額、金一万八百四十円、

の失費、損失を蒙つたことが認められ、弁論の趣旨に徴してこの失費と損失はいづれも本件事故による損害と云うべきである。

七、しかるところ、被告は、その損害の発生につき、原告の過失相殺を主張するので案ずるに、

原告の右水源地における地下水の採取は、自己所有土地の所有権に基づくその土地の地下水の利用ではあるが、その地下水たるや、財田川の伏流水であるから、その性質上、財田川の流水は勿論、原告水源地附近の、その河床、並びに沿岸の他人所有土地上の流水、及びそれらの地下流水の影響を免れ得ない上、大量揚水するときは、その影響を受ける範囲は更に広がることは明らかであるところ、原告が本件水源地を開設した昭和三十三年当時のこれらの状況を見るに前判示のように、又原告自らが主張する如く、被告の廃液は既に永年財田川の流水並びに沿岸地上の用水路に放流され(この放流が違法であるか否かはこの場合問題とならない)昭和三十二年頃には原告水源地のある江藤部落の農地の井戸水(これも原告水源地の地下水と同一水系であると認められる)に汚染の被害が生じ或は附近住民の流水地下水利用の面で日常生活に悪い影響を及ぼしており、亦、これらの事実を原告においても充分承知していたことは弁論の趣旨から明らかである。そのような状況下にある場所附近を水源地として大量に(原告の揚水量は年間五八六三三〇立方米)地下流水を揚水するときは、その地下水に被告廃液の影響を受けうることは充分予見しうるところである。従つて、かゝる土地に水源地を開設して、一般公衆の日常生活に密接必需たる上水道水を採取する上水道事業経営者としては、充分にその土地における地下水の状況と、これに影響を及ぼすべき、附近の地上、地下の流水の状況を調査の上、これに応じて適切な被害予防の手段を講ずべきで(現に原告は本件事故以后別図(ル)表示の地点において同地点から(ワ)に向う用水路の方向を変更して別図(オ)表示の地点に向わせる措置をとつたが、かかる措置は水源地設置の当時において考慮さるべきであつた)あつたのに、本件全証拠によるも、原告においてこの予防措置をとつて来たことを認め得ない。

そうすると原告も亦本件地下水の汚染事故の発生と損害につき、その一半を忍受すべき過失があるものという他なく、この点は被告が支払うべき損害賠償の額につき斟酌せられるべきである。

そこで右原告の損害額にこの原告の過失を斟酌するとき、原告の損害中(5) の上水道利用者に給水不充分の結果減額を余儀なくされた料金相当の損害は原告自らの過失分として控除するのを相当と認め、被告はそれ以外の損害合計六万千二百六十九円につき賠償をすべきものとする。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は右六万千二百六十九円の支払を求める範囲において理由があるから正当として認容しその余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本茂)

図<省略>

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